田野岡大和くんが生還できた『たった一つの理由』

6月3日の朝、北海道七尾町の山林で行方不明になっていた田野岡大和くんが、無事発見されるという嬉しいニュースが飛び込んできました。

ちょうど私が通勤途中のことで(バイク通勤です)、職場に着いてから何気にスマホを取り出し、Yahooの速報が入っていることに気付いて始めて知ったのですが、正直なところ『喜び』『驚き』の感情が沸き上がってきました。

というのも私が以前、大和くんに関する記事を書いたのは、発見される前日の6月2日。そしてこの日は『3日からの捜査態勢の縮小』が発表された日でもあったのです。正直なところ世間では(私も含めて)絶望的であるとの考えが、頭に浮かび始めた時期でもありました。

それだけに喜びも大きいものになったのですが、大和くんが生還できたのには、『ある理由』が存在していたようです。

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田野岡大和くんが発見される

田野岡大和くんが発見されたのは、6月3日の午前7時50分ごろ、場所は渡島管内鹿部町本部、陸上自衛隊駒ヶ岳演習場内にある宿泊施設の中でした。

大和くんを発見した陸上自衛隊函館駐屯地所属の掛川勇一陸曹長よれば、この日はミーティングを開くために、演習場内の宿泊施設を他の隊員2人と共に訪れたといいます。

ドアを開けるとそこには、少し驚いた表情で男児が立っており、「大和君かい?」と声をかけると、大きくうなづいたと言います。さらに掛川陸軍層が「おなか空いているの?」問いかけると「空いている」と答えたため、持っていたおにぎりと水を渡すと、元気に食べたということです。

発見された場所

大和くんが発見されたのは、置き去りにされた地点から直線で約6㎞林道を歩くと約10㎞離れた地点でした。


(こちらの地図は置き去りにされた場所と発見現場との位置関係を表すもので、実際に大和くんが歩いたルートではありません。)

大和くんの足取り

大和くんは「一人で山の中を歩いてきた」「28日の夜からここにいた」と話しています。置き去り現場から演習場までは、林道を歩くと約10㎞大人の足で約2時間半といった道のりです。

大和くんの年齢等を考えると、山の中を迷わずに歩いたとして演習場に着いたのは28日の午後8時~9時ごろであると考えられます。

発見された時の大和くんの様子

発見された時の大和くんは、質問の受け答えもはっきりしており、少しやつれたような雰囲気はあったものの外傷もなかったといいます。

その後搬送された病院で、軽い脱水症状低栄養状態であると診断されましたが、問題なく歩行することもできました。

大和くんの避難生活

大和くんが避難していた宿泊施設は、食料などはなかったものの、外に水道があり水は出る状態でした。

また室内にストーブはありましたが、電気が通っていなかったため利用できませんでしたが、建物の中にマットが置いてあったため、それを2枚布団のように使い暖を取っていたということです。

つまり28日の夜から3日の朝まで、食料は口にせず水だけを飲み、寒さに対してはマットを使うことで、凌いでいたということです。

大和くんが生還できた『たった一つの理由』

今回、奇跡的と言っても過言ではない生還を果たした田野岡大和くんですが、後になって考えてみると、様々な好条件が重なっていたことが分かります。

  1. 比較的スムーズに駒ヶ岳演習場にたどり着いた。
  2. 危険生物(熊)に遭遇することもなかった。
  3. 雨を凌げる宿泊施設があった。
  4. ドアのカギが偶然一つ開いていた。
  5. 水道があった。
  6. 暖を取るマットがあった。
  7. 宿泊施設から動き回らなかった。
  8. ギリギリともいえるタイミングで発見された。

この中でどれが欠けていても最悪の事態は免れなかったでしょうが、やはり生還に結びついた一番の要因は、『寒い夜の林道を宿泊施設まで歩き通した』ということに尽きると思います。

当時大和くんが何を考え、どんな気持ちで歩き続けていたのか?気丈に歩いていたのか?泣きながら歩いていたのか?これは大和くんにしか分からないことです。

しかし彼が歩き続けていたというのは、まぎれもない事実なのです。もし途中でくじけてしまったり、立ち止まっていたとしたら?まず無事に発見されることはなかったでしょう。そしてそこには幼いながらも『助かりたい』『生き抜きたい』という本能があり、大和くんの意志の強さがそれらを後押ししたと私は信じます。

ネット上では『大和くん、サバイバル能力凄すぎ!』との書き込みが多数見られますが、これはサバイバル能力などではなく、単に人間としての当たり前の、本能のままに行動した結果であって、本来誰もが兼ね備えており、大和くんが生還できた『たった一つの理由』であったと思わずにいられないのです。

消えない疑惑

しかしやはり世の中では、発見前の父親や家族に対す疑惑と同様、大和くんが発見されたことにも疑問を持つ声が後を絶ちません。

  1. 7歳の子供が夜道を3時間も迷うことなく歩いた?
  2. 水だけで約一週間も生活していた?
  3. 発見されてすぐにおにぎりを2個も食べた?
  4. 警察犬はなぜ発見できなかった?
  5. 偶然が重なり過ぎ、、、、
  6. 証言と靴の色が違う、帽子の話は出ていなかった

数え上げればきりがありませんが、確かに分からなくもありません。仮にこれが私の子供であったなら、すでに最悪の事態を想定していたことと思います。

ただやはり私には、どれもが過剰に思えてならないのです。

  1. 子どもだからこそ、ペースを崩さずに歩けたのではないのか?
  2. 行方不明期間は『約一週間』と報じられているケースが多いが、正確には『5日と15時間ぐらい』さらに睡眠時間寒さの為に動けなかった時間を差し引くと、この期間の運動量は、ほとんどなかったとも言えるのではないか?
  3. おにぎり2個をすごい勢いで食べたように表現している報道も見られますが、単においしそうに食べていただけではないのか?
  4. 行方不明後には雨が降っており、当初から匂いが消されたのでは?との声が上がっていた。
  5. 良いことが重なることもあれば、悪いことが重なることもある。
  6. 人間の記憶については、こちらの記事に記載した通りです。また発見時の写真を見たところ、靴は黒ですが、赤い文字が目立って見えます。
    田野岡大和 発見時

そして一番不思議なのは、仮にこの事件に何かしらの裏事情があったとして『誰が何の為に』というのが、私にとっては全く理解できないのです。

大和くんの笑顔が見れますように

ただこれらとは別に、もう一つ気になる点があります。それは各報道で伝えられる大和くんの様子です。自衛隊員との受け答えや、父親との会話。そのほかどれを見てみても、泣いたり笑ったりがみられません

行方不明当初の父親の証言によれば、一度目に置き去りにされた大和くんは泣きながら走って車に追いついたとされています。しかし二度目にはそのようなことはなく、発見後も坦々としたやり取りが報道されているのみです。

仮に大和くんがこの一件で心に傷を負ってしまっていたのなら、両親、家族が全力で支えてあげなければなりません。

この事件の本当の解決は、様々な情報を元に憶測を立てて話題にすることではなく、大和くんが心の底から家族と共に笑い、元の幸せな生活に戻ることであると思うのです。

田野岡大和2

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