バイクと共に走り続けた人生 その2

前回の投稿から少し時間が空いてしまいましたが^^;

今回は『バイクと共に走り続けた人生 その2』をお届けしたいと思います。

なお、前回のお話はこちらからどうぞ。
↓  ↓  ↓  ↓
『バイクと共に走り続けた人生 その1』

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高校生時代

高校へ進学した私は、中学時代から運動系のクラブに所属していたことから、迷いもなくクラブ活動に没頭していきました。

今もそうかもしれませんが、当時の高校生は、大抵3つのパターンに別れていました。

  1. 帰宅族
  2. クラブ族
  3. バイト族

何となくお分かりいただけるでしょうか?

ということで私はクラブ族へ属していたわけですが、入部して間もない1年生の夏休み、クラブ活動中に『右足膝靭帯損傷』というけがを負ってしまいました。

結果から言うと、軽くランニングができるようになったのはそれから半年以上も経ってから。全力で走れるようになるまでは、実に8か月もの期間を要してしまいました。

その間も『見学』という形で欠かさず参加はしていたのですが、さすがに時間と共に様々な意味で溝が広がってしまいました。

そのようなことがあり、2年生に進級する前に退部を決意。

それからは『バイト族』に属することとなったわけです。

そうすると一時は諦めていた『バイク熱』再び再燃。しかし親に免許の取得を交渉するも、あえなく撃沈。そんなことが数か月もの間、繰り返されました。

しかし私の交渉があまりにもしつこかったのでしょうか?少し変わった条件の元、免許取得の許可が下りました!

その条件とは、

  1. 高校生の間は原付だけ
  2. バイク購入のお金が貯まってから免許を取る
  3. 母親も一緒に免許を取る ???
  4. 母親と半分ずつ出し合って、バイクを購入する ???

正直、当時は3と4について意味不明でした。

後から聞いてみれば、実は母親もバイクに少し興味があったということ。そして私一人の所有物ではなく、家族の所有物として大事に扱ってほしかった(事故等を起こさないために)、そのために出した結論であったということです。

そして高校2年生の冬休みに入る頃、ついに原付免許を取得

そして購入したのは、ホンダのDIO(AF18)でした。

たかがスクーター、されどバイク。

乗り出してからは本当に良く乗り回したものです。学校もバイトも休みの休日には、1日数百キロも走ることもありました。

とにかく二輪車に乗りたくて仕方がなかった。そして乗っているだけで楽しかった。

そんな記憶しか残っていませんね。

大学時代

そんなこんなでバイトを続けながら大学受験。無事に現役で志望校に合格したこともあり、入学前の冬休みに中免(今で言う、普通二輪免許です)を取得。

それまで必死にバイトに明け暮れていたこともあり、ついに念願の250㏄のバイクを購入しました。

それがカワサキZZR250。1990年にGPX250の後継モデルとして発売されたばかりのモデルでした。

また、大学入学と同時に、二輪車サークルへ入部。

大学時代はまさに、二輪車一色の4年間を過ごしました。

北は北海道から南は鹿児島まで。4年間の間に沖縄を除く、ほぼ日本全国の土地をバイクで走ったのではないでしょうか?

ちなみにZZR250は、2年間で40,000㎞強を走行。当時のレプリカブームの影響もあって、3回生進級の際にTZR250(1989年式)、通称『後方排気』に乗り換え、こちらの車両も卒業までの2年間で40,000㎞強を走行。

大学在学中の4年間で、80,000㎞強の距離を、ツーリングだけで走行したことになります。

また、大学時代は二輪車サークルへ所属していたこともあり、本当に色々な体験をすることができました。

  • ミニバイクレース
  • スクーターレース
  • ジムカーナ
  • モトクロス
  • エンデューロレース
  • 林道ツーリング
  • 白バイ隊員による安全講習

本当に毎日、バイクに乗らない日はなかったのでは?というぐらい、バイク漬けの日々を過ごしました。

就職先は四輪ディーラー

そんな大学生活の中で、私が社会人として就職先に選んだのは『四輪ディーラー』

当時の私の頭の中にあった考えは、『趣味と仕事は両立できない』というものでした。

これは今現在でも言われることは多いのでしょうか?

当時は周りの友人や先輩方もこのような考えを持っており、そのように教えられていたものです。

ということで四輪車の営業職へ就職し、その後3年半を販売活動に費やしたのです。

もちろんその間も社会人ということで乗る回数は減ってしまいましたが、ずっとバイクは趣味として乗り続けていました。それでも年間10,000㎞は走っていましたね。

しかし3年が経った頃、ふと仕事内容に疑問を感じるようになってしまったのです。

あっ、先に言っておきますが、特にノルマに追われていたわけではありませんよ^^;

これでも成績は常に普通ぐらい。特に追い立てられることもありませんでした。

しかし、何か今一つ熱中できない。大学時代のバイクのように、他の全てを忘れてまで仕事に没頭できない。そんな日々に疑問を持ち始め、ふとある考えが脳裏に浮かんできました。

『バイクの仕事なら打ち込めるかも?』

しかし大学時代の『趣味と仕事は両立できない』という考えもあり散々悩みましたが、私は『趣味と仕事を両立してやる』という考えで、転職を決意しました。

バイク屋に転職

今から思えば、自分にとってこの転職は良かったと言ってもいいでしょう。

それからは無我夢中で走り続けてきた気がします。

私は1997年の9月、とある二輪販売店に転職。その後、二輪車に関わる業務全般に関わりつつ、現在に至ります。

趣味としてのバイクは、経済的な理由などからこの4年間ほどは所有できていませんが、このような職に就いている強みから、これまでに所有したバイクの数は約40台。ありとあらゆるジャンルのバイクを所有し、体験してくることができました。

また職業柄、二輪車に関する様々な知識情報に接することができています。

少し周りの環境にトラブルがあり、昨年、会社を移籍することになりましたが、今現在も毎日バイクに囲まれながら働き続けています

諸事情があり、私の勤務先は公表できませんが、二輪車に関わる人たちにとって、少しでも役に立つような、そして二輪車が素晴らしいものであると思えるような記事をこのサイトでは投稿していきたいと思っています。

ちなみにこの記事のアイキャッチ画像のシルエット、バイクの機種はお分かりでしょうか?

日本が世界に誇る名車の内の1台です。

答えは

『スズキ GSX1100S刀(カタナ)』

世界的に有名なデザイナー、ハンス・ムートがデザインしたことでも有名ですね。

このサイトを訪れて頂いたあなたが少しでも二輪車を好きになっていただければ幸いです

今回も最後までお読み頂き、誠にありがとうございました。

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コメント

  1. セバ より:

    こんにちは。もうすぐ60才に手が届ているリターンライダーです。

    スズキ GSX1100S刀(カタナ)、良いバイクですね!
    発売当初、1980年代は750ccまでの自主規制があったので、逆輸入しか手に入らなかったかと思います。

    オートバイの雑誌を見て、あのスタイルにあこがれていました。

    私は、2000年頃までCBR1000Fに乗っていましたがクラッチの重さに肘を痛めて、一旦降りてしまいました。

    2年ぐらい前に私と同世代の人がバイク乗っているのを見て、バイク熱に再着火。

    今はヤマハのセローで、峠を楽しんでいます。

    • taka より:

      セバ様

      コメントありがとうございます。

      おっしゃる通りGSX1100S刀は日本のバイク史上に残る名車の1台ですね。

      発売当時は排気量規制のため日本国内では流通しておらず、
      手に入れるには逆輸入車しかありませんでした。
      それがなお一層、人々の所有欲を強いものにしたのかもしれません。

      その後二輪メーカーの自主規制撤廃により国内仕様も発売されましたが、
      それでもなお逆輸入車の車体番号『GS110X-000000』は人気がありました。

      『CBR1000F』懐かしいバイクですね。属に『スーパーエアロ』なんて呼んでいましたっけ?^^
      フルカバーのカウルとエアロフォルムが特徴的でしたが、
      当時はトップクラスのスペックを誇っていましたね。

      今はセローにお乗りなんですね?
      行動範囲が広い、いいバイクだと思います。

      もうすぐ60歳とのことですが、私の知っている限りでは
      72歳までZZR1100に乗り続けていらっしゃった方もおられました。
      まだまだ10年以上いけますよ。^^

      バイクは力が全てではありませんからね。

      これからも気を付けて、
      楽しいバイクライフを送って下さい。

  2. ネコ吉 より:

    コクワの件でお世話になってますネコ吉です。

    そもそもタカ様のサイトに出会ったのはコクワに関する検索でしたので、
    甲虫特化のオーソリサイトと思い閲覧させて頂いてました。

    先のコクワの指南願いの返信を拝見した先で、このページを見ました。
    今まで気づかずゴメンナサイ(汗)

    スゴいバイク歴ですね。40台って!
    僕も大学時代VFRを2台(NC21と30)乗ってました。

    思い入れ、思い出としてはやっぱNC21の頃です。悪夢を見た黒歴史含めて(怖)

    ここで良・悪話を語ってしまうととんでもなく長文、取りとめなくなって
    しまうのでしませんが、
    僕はいわゆる「ボッチ」気質なので、僕の「単車そのもの」という世界は
    向いてはいませんが、大好きです。

    かれこれ20年以上離れてますが、「親が生きているうちは乗らない」と
    「そのときお金があれば」という感じで、リターンできたらな・・・と今も
    思います。

    若い頃は4輪もいろいろと憧れと妄想に駆られましたが、丸みを帯びる
    デザインが普通となった頃(平成以降?)からまったく興味がなくなり、
    現在の愛車は職業柄とかでもなく「軽トラ」です。

    10年前、エコカー買い替えの補助金があった頃から10年近くのってますが、
    どうにも欲しくて欲しくて15年乗ったMKⅡワゴンから乗り換えました。

    乗って気づいたのは、4輪ではなく2輪に乗っている感じな事で、
    僕の自論は「軽トラこそ究極の乗り物」です。

    物理的に通れるなら道を選ばず、乗用車に比べて粗雑かつ軽い作りの分、
    扱い次第で楽しい走り方も結構でき、マルチな使い勝手等々・・・。
    とにかく「自由な空気感」はまさに2輪に乗っていた時の感覚を呼び起こします。

    なんて結局語ってしまいましたが(すみません)、あらためてタカ様は
    人間関係に貧しい僕が関わる人という中では「(目に見えない)波長が合う方」
    (思込みでは無いと思いますが)という珍しい存在(しつこいようですがボッチ
    気質なので)と思うあまり話が長くなってしまいます・・・。
    何らかの機会で2輪のこととか、とりとめなく話してみたいですね。

    今日コクワ新生児のために幼虫用マット買いに行って来ますね(笑)

    大阪もコロナクライシスのようですが、くれぐれもお気をつけて下さい。
    いつもありがとうございます!!

    • taka より:

      ネコ吉様

      こんばんは。

      そもそもこのブログは不遇続きだった自分から抜け出すため、
      それまでの物事の考え方から脱却するために始めました。

      これまで自分が経験したことや知識、
      それらが少しでも役立ち必要とされることがあれば、、、
      ほんの少しでも世の中にかかわっていたいという思いの表れかもしれません。

      その為、思いついたことを気ままに投稿していたのですが、
      特にカブクワの記事をご覧いただいている方が多く、
      気が付けばほぼカブクワの専門ブログのようになってしまっています。

      バイクに関しては記事内でご紹介させていただいている通りで、
      この6~7年は所有することからは遠のいておりますが、
      人生の半分以上は関わり続けている存在です。

      NC21、Nc30、本当に懐かしいですね。^^
      私のバイク歴においてもNC30は数年保有したことがあり、
      ホンダの二輪車を語る上では絶対に欠かせない存在です。

      ただ私がNC30を保有していたのは社会人になってからで、
      学生時代はZZR250→TZR250(後方排気)→同時所有DT200Rといった感じで、
      TZRとDT200Rは共に北海道を旅した相棒でもありました。

      ところでネコ吉様の仰る『軽トラ』、非常によく分りますよ。
      二輪車にも近く、カートに近い部分もありますね。^^

      根本的に二輪車好きな方に共通している傾向ですが、
      『自分で操作する、操る』
      ということに魅了される方が多いように思います。

      そういった意味ではやはり最新の四輪車より、
      バイクであったり軽トラになってしまうのかもしれませんね。^^

      コクワガタの幼虫飼育、是非とも成功させて下さいね。

  3. ネコ吉 より:

    タカ様おはようございます。
    と、こんな時間からコメントさせてもらってます(笑)

    「現代の車に興味が無い」と別のコメで書きましたが2輪も同様、
    僕には時代の流れって良いやら悪いやらって感じです。

    今時分の2輪って、カウル付は特に、ロングセラーネイキッド
    の後継でも、サイドビューがうねる曲線的というか起伏状というか、
    個性が統一というか頓挫して、僕にはパッと見で区別がつかない。
    悪く言えば(昆虫の)バッタにしか見えないとうのが正直な処ですね。

    僕の究極を言うならRC30が最後と今も思ってます。中免しか
    ありませんが、所有でなくとも死ぬまでに一度乗ってみたいと
    思ってました。
    それゆえNC30は友人から買ったのですが、入手後すぐカウルを
    自力でRC30の配色に塗り替え、タンクの旧ウイングマークを
    カッティングシートで自作したりしてました(笑)

    時代って概ね回帰を繰り返す、例えば女性のメイク、ファッションや
    カセットテープ、レコード・・・etc、みたいな処があると思うのですが、
    モータリゼーションには、地球環境やエコのための空力意匠やら安全性
    やら、、。乗り手を選ばないみんなの市場的な開発。。縛りも多い分、
    回帰は難しそうな気がします。

    ↑のセパ様とのコメント内、カタナ・CBR1000F・セロー・ZZ-R・3MA・・・。
    もっと言えば幻の2st500ccマシン、楕円ピストン8バルブエンジンとか。。

    振り返ればきりがありませんが、どれにおいてもそれぞれに個性や絶対性、
    オンリーワン的な作り手の魂や、乗り手が選ぶ理由みたいなものがあった
    ように思います。

    まぁ古い考え方の人間の意見でしょうけれど。。。

    でも、その時代を知ってるタカ様も自分も、この先知り得ることのない
    世代より良い時代を生きたのかも知れませんね。

    昭和って・・・戦争以外、ホントにイイ時代だったと思います。